型破りな教室

 メキシコの小学校の実話を元にした映画です。

 大雑把なあらすじで言えば、成績不良校に赴任してきた先生によって成績があがるという単純なストーリーですが、非常に考えさせられる部分が大きいですね。現在の日本から考えたら、貧困の度合いなども違うので、そもそも学習することすら難しい環境というのもあり、その中で、「何を目指す」というのは、目標が見えにくい環境では難しいところですね。

 教育の本来の部分では、「教わったもので対処する」のではなく、未知なるところに行くために土台となる力を養う必要があるので、本来は「考える力」「対処できる応用力」をつけるのが目的なはずですが、教育を整備していくと、「教育目標」があり、その目標に到達するための「課題」を行うことが重要になるので、「課題をこなす」「課題を効率よくこなす」というのが教育目標になってしまうという問題を再認識させられるところですね。

 学力も初等教育(地域教育)とも言えるような学力重視でない場合は、学力差も大きい状況になるので、さらに教育は「個別性」を失い、「課題」にフォーカスしがちになるというのも教育の難しさなのではないでしょうか。

 もともと教育というのには入りたくないと思いながら、気づけば、大学は教育系、仕事も教育というのに携わっている状況なので、結果的に教育というのは気づけば30年以上も考え続けていることになりました。

 確かに、「個」が強い教育は絶大な効果を生じることもありますが、「個」に頼りすぎる状況になるので、誰にもマネすることもできないですし、教育できる人数に限りが出てしまうので、その場で受けられなければ効果も出ないので教育って難しいところを再認識ですね。

 昔は、教科書通りではないし、教科書もほとんどやらなかったけど、「考え方」や「記憶」に残るという授業もありましたが、現在の日本の教育という現状ではかなり難しいところですね。義務教育などでは知識をつけていくことも確かに重要ですが、高等教育に進むにつれて、やっぱり「考える」という分野にいくのは本来は大切ですよね。卒業すると、学校での知識、授業はほとんど忘れますが、「考えさせられたこと」「ストレスだったこと」「雑談」は長い間、覚えているものでもありますね。

 本当の学びというは教える方も絶えず、学んでいき、日々の発見や反省はやはり重要なのではないでしょうか。

 映画としてはありきたりのストーリーなのかもしれませんが、全員ではないでしょうが、こういった環境の中でも日々、生活に追われながら、勉強し、考え、前に進んでいる人たちがいて、先に過ごしている人たちは追われているという感覚を持つというのも大切なのではないでしょうか。

 私自身は、小学校、中学校、高校、大学、専門学校、専門学校とかなり学校は通っていますし、外部の資格もトレーナー、医薬品登録販売者、FPと講習を受けて取得しましたが、「資格への学習が強い内容」「教育課題をこなす」ものは、ほとんど覚えていないですよね。そういうのは、その場ではいいですが、その先へと考えるとなかなかつながらないことが多かったですね。

 教育ってやっぱり大変ですし、難しいですね。